ずっとこれからも

大好きな婚約者が亡くなり、気持ちの整理と記録のために始めました。

彼がいなくなってからの自分。憶測・推測で意見を言わないで

 

彼がいなくなってから、私は比較的その頃のままの生活をしようと想っています。

 

仕事も、友人関係も、以前の私のように振る舞おうとしています。

 

でも、そもそも私は人に嫌われるのが怖くて、いつも他人の目が怖くて、嫌われないようにいい顔をしている人間でした。

そんな私を知っているのは彼だけでした。

彼が唯一私を知ってくれて、それでも一緒にいてくれました。

それだけが私の自信でした。彼に愛されている自分だけが価値ある自分でした。

 

彼がそばに居なくなった私なんて、ただの面倒臭い人間です。

 

でもだからこそ、みんなの輪の中で、会話がない時にはなにか話をしていこう。

みんなが楽しめそうな事を、探していこう。と思っています。

 

でも、しんどいんです。

 

”しんどい”と言えるのは、自分の母親と、このブログくらいです。

別に友人を信用していないとか頼りにしていない訳ではないですが、私が沈んでしまっていたら、申し訳ないと想って、できるだけ明るく、あっけらかんとしていようと想っています。

 

周りから見た私は、ずいぶん平気になったように見えるのかもしれない。

でも、全然ダメなんです。

 

泣かない日はないですし、強いていうならば”1日で泣く量が多少減ったかも”くらいです。

 

寝る前に、彼からの”おやすみなさい”がなくて、毎日泣きます。

ただ、誰かが泊まりに来ている時は、泣いてるとは思わせないようにトイレにいったり、声を殺してごまかしています。

 

毎日仕事をしていますが、できるのならば、仕事なんてしたくないです。

一日中、彼の写真を見て、会話をしたいです。

彼との思い出にふけりたいです。

心の整理なんてまだまだ何もできてないんです。

 

でも仕事をしないと、今の空間を守れないんです。彼との思い出を残せないんです。

私は、あの日のまま、何も動いていない。

 

今の私は、”昔の私”を演じているんだな、となんとなく感じました。

 

大切な人が亡くなった時って、それを経験した人しかおそらくわからないのだと思います。

普通に見える人も、いると思います。

新しく、前を向いてるなーと思うように見える人もいるでしょう。

 

それでも、一人でいる時もそうだとは限らないんです。

 

”前を向いていそう”、”もう平気そう”

 

「大丈夫?」とよく聞かれますが、自分が今どうなっているのか私もわからないんです。

 

もう平気なのか

以前より辛いのか

 

わからないんです。本当に。

ただ、とにかく死なないでいるだけなんです。

私が生きていることが、彼が存在していた証だと想って、

今日も頑張って生きました。

これから添い遂げようとしている人を、亡くして、正常なんかでいれるわけがないんでしょう。自分でもなんでここまで訳がわからないかも、わからないんです。

 

先日、転んで怪我をしましたが、

流れた血をみて、瞬間的に『彼はもう、血を流せないんだな』『もう、この痛みは感じないんだな』と感じ、ぐちゃぐちゃになりそうでした。

 

常に情緒不安定。

元気そうな人でも、通常の精神じゃないんです。

人と真っ当に話すだけでも、頑張っているんです。

気を許すとすぐに溢れる涙を、頑張って堪えているんです。

 

 

だって、それだけ大切な人がいなくなってしまったんですから。

 

 

大切な人を亡くした人がもし近くにいるのならば、できれば、大きな心で接してあげて欲しいです。

 

 

自分勝手だなと思われるかもしれませんが、息をすることすら辛いこともあるんです。

この呼吸をとめたら、”彼に会える”とどうしても考えが浮かんでしまうんです。

 

 

”私はかわいそうなんだから、優しくしてよ!”という内容の記事になってしまいました。

でも、もうしばらくは、私は『私』と『彼』以外のことを考えれる自信がないのです。

 

すみません。

 

不快に思わせてしまっていたらすみません。。。